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【二十歳のころ 江本孟紀氏(3)】監督に歯向かい4年秋に戦力外

2017年10月13日 12時10分 サンスポ
 法大1、2年生時と、くすぶっていた俺に、光が見えたのは、3年生になった1968年。 腰痛が癒え、体調も戻り、春季リーグ戦から絶好調。勝てば優勝という慶大との最終戦。2安打完封で“胴上げ投手”になり、捕手の田淵幸一さん(元阪神など)とマウンド上で抱き合った。 好調をもたらしてくれたのは、野球部部長の藤田信男教授のひとこと。「自分の投げやすいフォームでいけ」だった。 松永怜一監督は、いわゆる「早稲田スタイル」のフォームを指導していた。ラジオ体操のように、両腕を同時にバランスよく、左右に広げて振り上げ、投げ下ろす。確かに無理のない、理想のフォームともいえる。 ただ、俺の腰の回転は横向きだった。そこ...
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